集団的自衛権と立憲主義

                 2014.11.29.ねりま九条の会総会にて
        

   
  お話をされる小池清彦市長  

 

この講演は2014年11月29日、練馬の「ここねり」で行われたものです。講師の小池清彦さんは1937年生まれ(77歳)、1960年防衛庁に入庁、1990年同庁教育訓練局長、1992年に退官。1995年に出身地新潟県加茂市長に初当選、現在連続4期目です。2003年には「イラクへの自衛隊派遣に反対する要望書」を当時の小泉純一郎首相に提出し、2014年の安倍内閣の集団的自衛権行使容認の閣議決定に当たっては、「憲法解釈変更に反対する意見書」を6月16日、7月2日の2度にわたって、安倍首相に提出しています。


 隊員の命を守りたい

自衛隊員は祖国防衛、日本国を守るために自衛隊員になったもので、私から見れば「国の宝」だと思っています。ですから隊員の命、安全については是非これを尊重してほしいと思っています。集団的自衛権の行使が容認されると、平和憲法がないことと同じ結果になりますので、心配です。平和憲法があるが故に日本は朝鮮戦争にも、ベトナム戦争にも、湾岸戦争にも、参戦させられることはなかった。イラク戦争については、参戦しなかったことになっています。あれは戦闘地域に行ったのではない、時々弾は飛んできましたけれど、そこは戦場ではなかった、故に海外派兵ではなかったと政府は強弁しています。アメリカのアーミテージ国防副長官は「何だ日本は。お茶会やっているんじゃないぞ」と怒っていましたけれど、「我われは憲法9条がありますので」と断ることができた。ところが集団的自衛権を解釈上容認したことになると、アメリカは、当然アメリカ並みの派兵を要求してくる。そしてゲリラ戦場に行けということになる。 自衛隊員は熾烈な戦場に派遣されることになるでしょう。大勢の隊員が命を落とすことになります。私としたら「とんでもない、
 国の宝の自衛隊員を殺すわけにはいかない」と頑張ります。だから私は隊員に人気があるんです。実際に、隊員のご父兄の方々、奥様、お子さん、ご兄弟、みんな海外へ派兵されることに賛成する人はごく少ないのです。


社会は荒(あ)れる、学校は荒(すさ)

仮に自衛隊員に夥しい戦死者が出た場合に、自衛隊に入る人は極めて少なくなります。しかし防 衛力は維持しなければいけないから、徴兵制を敷くしかなくなるでしょう。そうなると日本人は徴兵制の下で赤紙一枚で世界の熾烈な戦争で命を落とし続けることになる。赤紙一枚で徴兵されて海外で殺されるわけだから、自衛隊の中は旧軍と同じになります。私的制裁、リンチが横行する暴力社会になる。そこで生き抜くために隊員たちはどうするか。すなわち現状を肯定する、暴力を肯定して生き延びるほか方法がなくなる。暴力を肯定する人間が除隊して世間に戻ると、家庭の中でもDVが当たり前のこととなる。日本国中が暴力社会になる。
 戦争が終わったとき私は小学三年だったので、先生から殴られることはなかったけれど、上級生や中学生は当たり前のように先生から殴られ、学校の中は極めて荒んでいました。私が育ったのは新潟県の加茂市で、あまり爆撃は受けなかったけれど、新潟市は原爆投下の候補地の一つとして爆撃を受け、長岡市もだいぶやられ、加茂市も荒んできた。必ずそういう社会になります。 

自民党の憲法改正草案 9条

───────  自民党憲法改正草案」より ─────── 
第二章 安全保障
第9条(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
第9条の2(国防軍)
1 (略)
2 (略)
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守
るための活動を行うことができる。
4 (略)
5  …… 国防軍に審判所を置く。……
第9条の3(領土等の保全等) (略)

 

集団的自衛権の話の前に、自民党の憲法草案の話をしておきます。嘗ての自民党には穏健な議員が大勢いたと思うが、何故か今はいない。「タカ派」が牛耳る政党になってしまっている。じゃあ地方の議員もみんな「タカ派」かというと、そんなことはないけれど、トップの安倍首相が「戦後レジームからの脱却」というので、みんなそっちを向いてしまう。「戦後レジーム」というのは端的に言うと、民主主義、平和主義、地方分権主義です。安倍首相は、これから脱却するというのです。民主主義はやめる、平和主義もやめる、地方分権もやめる、こういうことです。自民党の憲法改正草案はまさにその通りになっている。
 現行憲法と自民党憲法草案(以下、「草案」という)について、集団的自衛権に関わる相違点について触れておきます。草案では第9条を1項、2項、3項に分けています。端的に説明すると、1項では「戦争放棄」と「国際紛争解決のために武力行使、武力威嚇はしない」が、自衛権だけは有しているというものです。ところが2項では、第1項で禁止しているのも拘わらず、一片のものでも、法律を作れば「国際的に協調して行われる活動」もできるとして、集団的自衛権行使と国連の安全保障活動に道を開いているのです。この一句があるために平和憲法が全く骨抜きになる。アメリカの要求があればどこへでも海外派兵をせざるを得ないということになる。アメリカの要求は強力か? 強力です。今までは9条があったから拒否できた。私は防衛庁の役人をしていたのでよく分かりますが、これがなければ日本政府は絶対に拒否できない。アメリカは軍事的にも経済的にも世界の覇権を握っている。その国から要求されれば拒否できないと考えなければいけない。

 現に、日本は素晴らしいロケットはできるけれど、戦闘機になるといまだに自前のものが作れないのです。私が防衛庁の技術研究本部副本部長をやっていたときに、国産の戦闘機を作る計画を立てようとした。するとアメリカの大統領から日本の総理大臣に電話が入った。直ぐに総理大臣から「共同開発にしろ」と指示があって、それで国産計画は終わりです。戦闘機の共同開発でどうなったか。大事なところはアメリカの技術でブラックボックスになる。直ぐ分ることなのに「共同開発」を拒否できない。自民党草案のような憲法を作ったら、アメリカの海外派兵要請を誰が断れますか。


自民党の憲法改正草案 基本的人権ほか

 第11条で国民に基本的人権は認めるが、いやいや認めていることがありありとしている。だから草案の第12条(国民の責務)、第13条(人としての尊厳等)、第21条(表現の自由)には、「公益及び公の秩序に反してはならない」という一文を入れて、「公益及び公の秩序」を優先して、基本的人権を縛る。そういうテクニックが弄されている。「公益及び公の秩序」を入れられると、最悪の場合、全部だめ。それに引っ掛けられると戦前の治安維持法と同じです。
 草案でちょっと強調しておきたいことに触れます。第9条の2(国防軍)の5項です。「国防軍に審判所を置く」とあります。自民党のタカ派の連中と議論すると、彼らは決まって「今の自衛隊は軍法会議がないからダメなんだ」と言います。我われからすればとんでもないことで、軍法会議なんていらない。軍法会議とは、結論から言えば「敵前逃亡は死刑」というものです。そういう法律を作って隊員を戦わせるのです。徴兵はされるは、「敵前逃亡は死刑」とされるはでは、自衛隊員はたまったものではない。変な話ですが、戦争なんてものは、分が良ければ攻めればいいし、分が悪いと思ったら一目散に逃げなければ駄目です。戦国の名将は皆そうでしょう。部下を殺さないのが名将です。
 国会の解散についても自民党は変えるつもりです。現行憲法では第6条で「天皇は、内閣の助言と承認により、……衆議院を解散する」となっています。「衆議院の解散」について、草案は天皇の国事行為(第6条)として残しますが、実際は第54条で「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する」として「閣議決定」を不要としています。内閣総理大臣の一存で解散できるわけです。
極め付きは草案第100条、憲法改正条項です。憲法改正の発議は、現行憲法では衆参議員それぞれの3分の2以上の賛成となっているものを、それぞれ過半数の賛成とする、また国民投票については、現憲法では「その過半数の賛成」として新たに定めるべき余地を残しているのに対して、草案は「有効投票の過半数の賛成」と最も軽々しい方向にハードルを下げている。


解釈改憲 閣議決定

─────  閣議決定(平成26年7月1日)より ────
こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。

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ところが安倍政権は、ここまでハードルを下げても自民党草案による憲法改正はできないと判断して、解釈改憲の方向に舵を切ったわけです。そして公明党との協議を経て7月1日の閣議決定に至るわけです。閣議決定が集団的自衛権を行使できると結論付けているのは、閣議決定の3の(3)の3つ目のパラグラフで、次のような文面です。
 アンダーラインの部分は自公による与党協議会の中で「おそれ」が「明白な危険」に変わった箇所です。自国民に対する「明白な危険」には2ケースがある。一つは日本に対する武力攻撃がある場合、もう一つは武力攻撃が今まさに行われようとしている場合、この2ケースしかないはずだ。いずれも個別的自衛権の問題であって、集団的自衛権の問題ではありません。だから私は、この閣議決定を「虚偽の閣議決定」と言っている。法理論的に言えば集団的自衛権の問題ではない。事実、閣議決定には、「集団的自衛権」とは一言も書いていない。
ところが注意しなければならないのは、世の中には「一(いっ)犬(けん)、虚(きょ)を吠(ほ)ゆれば、万(ばん)犬(けん)、実(じつ)を伝(つた)う」という諺がある通り、「虚偽の集団的自衛権」なのに、これがエスカレートしていくのを阻止する法令はない。一遍に拡大していく可能性がある。拡大していくと、「虚」が「実」になる。それを非常に心配しています。ですから私は、閣議決定前の6月26日と閣議決定翌日の7月2日の2回にわたって安倍総理宛に意見書を提出しました。


立憲主義、地方分権の否定

自民党の憲法草案を見れば、これは完全な憲法否定です。ひと頃、ヨーロッパ各国で盛んに憲法が作られた。憲法とは、君主が国民に対して自由と権利を保障したものです。日本国憲法も同じで、国民に対して自由と権利を保障したものである。それを政権党は否定する。自由と権利を返上する憲法を作ろうとしているわけだから、世界史上こんな国はどこにもない。これが草案でなく、本当の憲法になってしまったらどうなるか。日本国民は世界の笑いものになる。
道州制が主張するところは完全な中央集権だから、地方分権を否定するものです。今、日本にある市町村は1800にまで数が減ったが、世界を見ると、ドイツには1万6000、アメリカには1万8000、フランスには3万7000の市町村があります。それで初めて地方の民主主義が保たれて、本当に効力を上げて、地方の民主主義の上に国家の民主主義が成り立つ。日本は、道州制したら、市町村を1800から300にするという。新潟県だと市町村が3つくらいになる。そして完全な官僚支配の道州制が作られる。国民の自由と権利が返上されて、地方自治を否定する官僚支配の道州制になって、安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」が完璧に完成することになる。 
 

アメリカに何もしてこなかったか?

日本は軍事力が弱いからアメリカに頼らなければならないのに、日本はアメリカに何もしてあげてないではないか。もっぱら厄介になっているだけだ。だから恩返しに集団的自衛権を認めて、日本の、まずもって自衛隊員の血をアメリカに捧げて、尖閣諸島を守ってもらおう。そう考える人が結構大勢いる。それに対して私や防衛庁の官房長をやった柳澤君は、それは「弱虫の考え方」だと反論します。「何で枕を高くして眠れるだけの防衛力を自ら持たないのか」、「自ら持たずしてアメリカに頼って、アメリカが助けてくれると思うか」と、我われはそう主張する。日本にはそれだけの経済力があるから自ら防衛するという考え方は大切であるが、一方で絶対忘れてならないのは、「絶対平和主義が最高である」という人類の理想である。それをいつも頭においておかないと軍国主義に向かう。軍人の鼻息が荒くなって全体としてタカ派の方に行く恐れ、民主主義が根底から覆される恐れがあるが、私たちの立場からすると、「枕を高くして眠れる」だけの防衛力を自ら備えないで、ただ「日本人の血を捧げろというのは何事か」と、そうなる。
日本はアメリカに対して何もしていないか。とんでもない。沖縄の人たちは特に大変な思いをして、これだけの基地を提供しているから、アメリカの極東戦略、世界戦略が成り立っている。もう一つ、ソ連との冷たい戦争でアメリカが勝つことができたのは「誰のお蔭か」ということです。私は「日本の海上自衛隊のお蔭だ」と言っています。日本の防衛力は弱いと思っている人がいますが、日本の対潜水艦戦力は世界第2位です。P3Cという固定翼の対潜哨戒機を嘗て100機持っていました。今でも80機はあります。ヘリコプターの対潜哨戒機も100機位ある。第3位のイギリスは30機程度です。もちろんアメリカが1位で、アメリカと日本は世界にダントツの対潜哨戒機大国だ。当時ソ連海軍の戦力の主力は原子力潜水艦で、大部分がウラジオストックとカムチャッカにいた。その動向をキャッチしていたのは対潜哨戒能力世界2位の日本です。アメリカの攻撃型原子力潜水艦はその情報に従って1対1でピタッと追尾する。それから先はベストセラーになった小説「レッド・オクトーバーを追え」の世界になる。ソ連の原子力潜水艦を無力化してきたのは誰のお蔭かと言いたい。日本の海上自衛隊のお蔭ではないのか。海上自衛隊の連中は「自分たちには殉職者が多い」と嘆いていた。対潜哨戒機は旅客機のように天気のいい日に飛ぶとは限らない。雨の日にも風の日にも潜水艦を探索して追尾するし、急降下するときもあるから、墜ちて殉職する者が多い。これだけの犠牲を日本はアメリカに払ってきている。日本政府は国民にそれを認識させないで、「我われは何にもしていないで申し訳ない」、「ついては集団的自衛権で我われの血を捧げます」という。捧げるのは「誰の血」でもなく、「自衛隊員の血」です。練馬の人たちだって、「それはおかしい」と思って呉れますよね。日本国民にもそういうことを認識してほしいと思うのです。
「日本人なのに平和憲法なんてものを持ったら世界的に体裁悪い、恥ずかしい」と思っている人もいるんですね。とんでもないことです。日本は原爆を2発も浴びた国だ。明らかに国際人道法違反行為でありながらトルーマンはじめ誰も戦争犯罪に問われていない。そういうこともあって、「最早、戦争はしない」という決意の下に日本は平和憲法を持つことになった。世界中、みんな、それを知っています。ですから国連の軍事行動に加わらなくても少しも恥じることはありません。


三国同盟と集団的自衛権

1939年、ドイツが宣戦布告してポーランドに侵攻すると、イギリス、フランスが即座に宣戦布告を発して、戦争は第二次世界大戦へと発展した。
英仏連合国は徹底的にやられて、フランスはドイツに降伏し、イギリスは全滅寸前で奇跡的にダンケルクから撤退することに成功した。イギリス首相のチャーチルはアメリカに参戦を要請するが、アメリカは国民の支持が得られず参戦しない。その間、ドイツは矛先をソ連に向けて進軍する。チャーチルも攻めれたら絶体絶命になる。
このとき、日本とアメリカの関係も一触即発段階にあった。はじめ満州で事を起こして、陸軍参謀石原莞爾、死刑になった陸軍大将板垣征四郎らが盧溝橋事件をきっかけに中国大陸に攻め込んだ。さらにフランスがドイツに降伏したから、北部仏印のインドシナ、ベトナム、ラオス、カンボジアなど中国国境を越えて北部仏印にまで進出した。この事態になって、アメリカなどは強力な経済制裁としてABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)包囲網をひく。石油の全面禁輸措置である。
アメリカの国防長官ハルは日本に「ハルノート」(ハル国務長官の対日交渉文書)と称される文書を日本に叩きつけた。「仏印、満州国、並びに中国国内の占拠地を引き渡して、侵略地からすべて引き上げろ」というものである。「ハルノート」はルーズベルトの真意ではなかった、妥協するための「タタキ台」だったという説もあります。驚いた蒋介石がチャーチルに通報し、チャーチルがルーズベルトに猛抗議したというものです。そうだったかもしれませんが、真偽のほどは分かりません。外交交渉に柔軟性のない日本は兎も角これを「最後通告」ととらえて、真珠湾攻撃に至ります。
チャーチルは喜びます。ここで集団的自衛権が利いてくるのです。日本とアメリカが戦争を始めたら、日本とドイツとイタリア、アメリカとイギリスという軍事同盟関係から、アメリカとドイツも自動的に戦闘関係に入ります。チャーチルは「第二次大戦回顧録」の中にこう書いています。
「アメリカはついに参戦した。日本はついにアメリカに宣戦を布告した。ヒットラーは敗れ去るであろう。日本はコナゴナに砕け散るであろう。私は快い眠りに就いた。」
日本の宣戦布告を得てアメリカが戦闘状態に入ると、日独伊三国同盟があるから、戦争の相手は日本だけでなく、日本と軍事同盟を結んでいるドイツ、イタリアとも自動的に戦争状態に入る。これが「集団的自衛権」である。自動的に世界大戦に進んでいく。「集団的自衛権」はどこから見ても「憲法違反」そのものではないか。


 芦田修正と集団的自衛権 

──────  現日本国憲法の芦田修正  ──────
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────

順番が一番最後になりましたが、どう解釈しても集団的自衛権が憲法9条に違反していることを、少し歴史的に説明しておきます。
別掲の現行憲法第9条を見てください。これだけはっきり「戦争をしない」、「軍隊を持たない」と規定しながら、何故自衛隊がいて、個別的自衛権は合憲なのに集団的自衛権は違憲なのか。その説明をします。アンダーラインの「前項の目的を達するため」は芦田修正と言われる有名な文言です。GHQが日本政府に示した憲法改正草案にはこの文言はなかったが、これを審議する日本政府憲法改正小委員会において委員長の芦田均が第九条二項の 冒頭に 「前項の目的を達するため」という文言を挿入する修正を行った。
これに中華民国、イギリス、オーストラリア、ソ連は大反対、特に中華民国は猛反対をしたが、結局アメリカの説得に応じて、この文言が入りました。修正の趣旨は明らかです。この修正により、「国際紛争を解決する手段でない武力の行使」として「自衛権に基づく武力の行使」が考案され、専ら自衛のための自衛隊保持を合憲とする論拠が生まれたことになります。この芦田修正は、自衛権の保持すなわち個別的自衛権と自衛隊保持のために挿入されたものである。
「国際紛争を解決する手段」として、将来にわたって集団的自衛権を含まない約束で、各国に譲歩してもらった修正だったはずです。その意味では、閣議決定は日本国民のみならず世界の人々に対する裏切り行為だと言ってもよいのではないでしょうか。

 

 

 

 

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