自民党改憲案と96条改憲

                ─平和とくらしをまもるために─

             講師 田中 隆さん(弁護士)

     
   

                     2013年5月18日 勤労福祉会館にて                           

はじめに…憲法は今


 最初に改憲を巡るスポット的なことを3つほど押さえておこうと思います。今から6年前、「改憲手続き法」が強行されました。強行したのは今と同じ安倍内閣で、この時が第1次安倍政権でした。2007年5月27日に参議院を通過しました。しばらく9条の会の運動などもあって改憲手続き法は動けなかったのですが、3年後の2010年に施行されて、この法律によってつくられている憲法審査会も2011年から動き出しています。つまり一端引っ込んでいた明文改憲の動きがこの2~3年鎌首を持ち上げています。
 この改憲手続き法、あるいは国民投票法の基本だけ確認しておいてください。明文改憲を提案するのは国会です。その国会に議員が改憲原案というのを提出します。衆議院だったら100人、参議院だったら50人の賛成が必要です。国会が改憲案を議決するためには、衆議院と参議院の両方の議会の3分の2以上の賛成がなければなりません。そして国民投票で過半数を得たら変わるという手順になっています。この国民投票は、全部一度に出しておいてそれを一票でマルバツをつけようとしていたのですが、それは反対運動が強くてできませんでした。そこで関係する事項ごとにくぎって行うことになりました。ですから自民党の改憲案の通りにやろうとすると、何項目も提案して、何度も改憲国民投票をやらなければならない。そこでハードルを下げておこうということになる。こういう関係です。
 この改憲手続き法は反対を押し切って通してしまった法案なので、そのままでは使えない法律です。6年経っていますがこの欠陥はいまだに取り除けていません。例えば国民投票の投票権は18歳からとなっているのですが、選挙権は20歳です。国民投票をするためには選挙権も18歳に下げる必要があるのですが、まともに検討できていない。あるいは公務員には国民投票の運動の自由があるから、それを封じ込めるには公務員法を改正しなければならないと考えているが、できていない。だからすぐに国民投票とは行かないのです。ただ、未完成だからといって安心はできない。やる気になれば3日で議案をつくって通せますから安心はしないでください。
 ただ第1次安倍政権の時に、9条の会の大きな運動が「明文改憲策動」を押しこんでいったということは確認しておいていいと思います。もうひとつ、明文改憲の動きが再び鎌首を持ち上げだしたこの3年ぐらいに、自民党は新しい改憲草案を進めました。これが発表されたのは昨年の4月、これが今日お話しする改憲草案です。これは自民党にとっては第二次案という性格を持っています。一次案は改憲手続き法が出てくる2年前、2005年に「新憲法草案」として自民党大会で決定します。この第一次案が出たころの自民党は、自民党だけでは改憲はできないと考えたので、連立与党の公明党、同じく改憲派の民主党の三党の共同で行おうと考えていたのです。ですから、この案は民主党でもこのくらいなら飲めるでしょうということを想定しています。だから自民党の鷹派からいうと「こんなものではダメだ」というようなものだったのです。しかし、この「新憲法草案」は反対運動の盛り上がりでお蔵入りをします。
 今回の2012年の第二次案は2005年案を大幅に書き換えて補充をしています。「天皇を元首にする」など、戦前の大日本帝国憲法と同じような復古主義的な条項を大幅に入れています。またあまり目立たないのですが、新自由主義的な小さな政府とか、地方分権などを憲法に書き込んだ、この2つが大きな特徴です。
 これを準備したのが憲法改正推進本部、本部長は保利耕輔さんです、最高顧問は安倍晋三さんです。彼らがつくった「改憲草案」は改憲派や自民党がこれからつくっていこうとするこの国の形をかなりあけすけに書いています。今はもう民主党といっしょにやろう思っていませんから、今は維新の会といっしょにやろうとしていますから、民主党の時よりももっと右寄りにした方がいいという発想でつくられています。だから見ようによっては正直、その代わりやられてしまったら、本当にとんでもないことになります。
 困ったことに昨年の総選挙で、自民党が圧勝して第2次安倍政権ができてしまいました。圧勝とは言え、前の惨敗した選挙に比べて得票数は減らしているのです。支持は増えていない。では得票が減ってなぜ議席が増えたのか、それが小選挙区制というカラクリです。小選挙区制では1つの選挙区で一人しか当選しません。いろいろな政党が出てくれば出てくるほど、一番の政党に票が集まってしまいます。その結果自民党が一極として勝ってしまったのです。そういう流れで改憲派の議席が一気に増えてしまった。今明らかな改憲派は自民党、日本維新の会、さらにみんなの党、この3つを並べておけばまず間違いはありません。この三つの議席で、衆議院で366議席、衆議院は480議席ですから、ゆうに改憲派が3分の2議席を超えてしまった。だから明文改憲の時期なのです。
 参議院では3つを足してもまだ100でしかない。参議院は242議席ですから3分の2には及ばない。しかし6年前の参議院選挙は民主党が圧勝した選挙です。おそらく今回の選挙では民主党は全回と同じ議席は取れない。惨敗するでしょう。それが自民党や、維新、みんなの党に流れていって、参議院でも改憲派が166を超えるかどうかが、明文改憲、とりわけ96条改憲が出てくるかどうかの分かれ道です。

一、自民党改憲草案はどんな国をつくろうとしているのか
 改憲草案の一項目は、やはり憲法9条の改憲です。まず、戦争とは何かという本質を書いているのが、今の憲法の前文「政府の行為によって再び戦争の惨禍がないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言してこの憲法を確定する」これが今の憲法の最初の文章の結論です。戦争を起こすのは政府であり、戦争の責任は政府にある。その戦争をやらせないためには、国の主人公に国民がなるしかない。平和主義と国民主権を一つに結びつけた珠玉の条文だと思います。これが、侵略戦争についての私たちの歴史認識です。これがなくなるということは安倍さんや橋下さんの言うような国になるということです。
 もう一つ「われらは全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する」平和と人権を一つの言葉で語ったこれも珠玉の条文です。この平和的生存券の主体が国民でないことにあえて注意をしてほしい。全世界の国民なのです。つまり日本の国民だけが平和に生存できるなどということはあり得ないのです。私たちが平和に生存しようと思ったら世界から戦争をなくし、恐怖と欠乏をなくすしかない。大変な努力をしなければ平和はつくれないということを言い、そしてともにそれをつくることによって世界の国民の中に平和のうちに生存する権利を根付かせるというここまで進んだ憲法を私は知りません。そのためにこの憲法が宣言した考え方を、憲法9条、とりわけ第2項「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」。これが平和主義、前文に書いてあるような平和主義の担保、保障です。したがって自衛隊はいくら強大にしても軍にはなれません。そして、この国が攻められたとき以外に武力行使はできないことになっています。自衛隊を海外に出すにはその都度特別法が必要です。「イラク特措法」「テロ特措法」についてはずいぶんたたかいました。たたかって違憲判決も取りました。だからこの二つの法律はすでにありません。
 では、自衛隊が行っている地域が戦闘地域になっていたらどうするかということですが、行った連中してみれば格好の悪い話です。装甲車を持って軍隊の格好をして行くのですが、そこで戦闘が起こったら逃げる、撤退をするしかない。アメリカ軍その他との共同作戦はできるのだが、アフガンやイラクではできません。あくまで後に付いているだけ。どういうときに撃てるのかというと、自分あるいは自分が保護している者に被害が及んだときに初めて撃てる。撃ってきたときに殺傷できる、つまり人に向かって撃っていいのは正当防衛の時だけです。自分の方に弾が飛んできたときだけ、これが今の海外派兵の要請と実態です。残念ながらこの10年、海外派兵は常態化しました。しかしながら一発も撃てず、一人も殺さず、殉職者は出しましたが、一人の戦死者も出しませんでした。これが9条の縛りです。大変な予算をつぎ込んだけれども、見ようによっては壮大な無駄です。だからなくせばいいのですが、それでもいいと考えるか、そんなことでは普通の国にはなれないのだと考えるのかで道筋がわかれます。10年経っても一発も撃てないようではダメなんだと考える人が、前文と9条を変えようとしているのです。

二、自民党改憲案で基本の考え方がどう変わるか
「政府の行為によって戦争の惨禍が…」といった前文第一項は全部消えます。入ってくるのは「我が国は先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展してきた」。ここでは戦争と災害は同じ位置に並んでいます。そして「戦争の放棄」が消えて「安全保障」に変わります。九条の二項は全部消えて、「自衛権の発動を妨げない」に変わります。第1項は残ります。ですがこれは国連憲章にでもどこでも入っている条項で、まともな憲法で「我が国は侵略戦争ができる」と書いている憲法はありません。つまり憲法の神髄は全て抹殺され、その具体化が9条の2以下に、結構長い軍事情報がつきます。「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」この意味をよくお考えいただきたいと思います。実態はそうとうな軍備があるのですが、今の自衛隊はとうてい軍ではありません。一歩この国から出てしまうと警察ほどにも権限がない。だから自分が打たれなければ撃てない、警察は自分が撃たれなくても撃てます。それができないのが今の自衛隊ですから、軍隊ではないことの制約を取っ払いたい。軍隊では撃たれなくても撃つのは当たり前なのです、イラクで米兵が撃たれたら撃つとやっていますか?怪しい者がいたら掃射するのです。だから民間人を何人も殺戮しているのです。さらに自分の国が攻撃されなくても、自衛と称して先制攻撃をする。先制的自衛と言っています。イラクはアメリカに対して如何なる戦争も仕掛けていないのです。大量破壊兵器を持っているから戦争を仕掛けるかもしれないから先制的に自衛する。これが軍隊です。国内法のいかなる制約も受けないで無限定の武力を行使できるのが軍である。自衛隊から国防軍に3文字変わるということは、そういう軍に変わることなのです。
 その国防軍が何をするのか、第1項ではさすがに国民の安全及び…と言っていますから国防です。9条の2の3に「国際社会の平和と安全を確保するために、国際的に協調して行われる活動」、これは海外派兵です。憲法に海外派兵が明記されます。しかもこれは軍の行動ですから、米軍との共同作戦も占領も可能です。同じく3に「公の秩序を維持し、または国民の生命…」とありますが、公の秩序を維持する活動は、いわゆる「治安出動」です。これが憲法に明記されます。軍が治安維持の全面に登場します。念のため、この現行憲法にも、憲法草案にも、「警察は治安の維持に当たる」という条文はありません。つまり軍の「治安出動」だけが憲法に書かれることになるという意味を考えてみてください。そこまで軍というものに権限というか、暴力を与えるとするならば、それを支える体制も確立するしかありません。軍部がそれに当たります。9条の2の4「前2項に定めるもののほか、国防軍の組織統制および機密の保持に関する事項は法律で定める」。軍事用語で言うなら「軍令・軍規」あるいは「軍事機密」にあたるものになります。この軍令や軍規を法律で決めること、軍規を守ることを憲法に明記する。「軍機保護法」を憲法が要求しているのです。おそらくこの通り行けば、「秘密保全法」などという穏やかなものになるはずはありません。
 つまり軍の機密は特別なんです。軍というものが国家の中で特別の位置を持ち、それが保護される。そうなると、その軍令軍規に違反をしたり、軍事機密を漏洩した時に誰が裁くのかという問題が起こってきます。自民党改正案では軍が裁きます。9条の2の5「国防軍に審判所を置く」。簡単に言えば最初の裁判は軍がやる。軍法会議です。軍令軍規があって、軍規保護法があって、軍法会議が行われる。これは憲法によって軍部という通常の行政システムとはまったく違う世界がつくられることを意味しています。戦前を体験された方は戦前に近づくことを実感されると思います。そこまで「軍」というものを押し出したときに、「国防軍」と国民がどんな関係になるかということは、自民党の改正案の中にも書いてありません。自民党の前文は「日本国民は国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、…」とってなっていますから、いわば国民の当然の責務として、国と郷土を自ら守ることが憲法によって義務づけられる。この憲法では国民に「憲法尊重義務」が課されますから、守らなければならないのです。9条の3の中に「国は主権と独立を守るため、国民と協力して…」、ここでいう国民と協力は、当然、国民に協力させることを前提にしています。国民が抵抗して反戦運動をやるのを想定していない。平和的生存権はもうないのですから。こうなりますと、事実上「国民の国防の責務」が認められ、有事法制に入っている「国民の協力と責務と義務」に変わる。場合によっては「徴兵制」が登場することも否定できない。そういう構造になっています。これが自民党や改憲派がつくろうとしている「安全保障」です。

三、立法改憲・解釈改憲(壊憲)…九条改憲は明文改憲だけではない
 9条改憲は96条改憲を先行する関係で、すぐ出てくるものではありません。さすがに国民がすぐに賛成するとは思っていません。一方はハードルを下げる96条改憲、もう一つは9条改憲をやる前に実態をできるだけそれに近づけてしまえという動きが起こっています。
 9条に対して、今は実行改憲、あるいは解釈改憲、実は壊すと書く「壊憲」です。これがいろいろな形で進んでいます。
 集団的自衛権は、他の国が攻撃されているときに、自分の国が攻撃されているのと同じように反撃する権利です。つまり、緊密な同盟関係を条件としています。今この国で緊密な同盟関係にあるのはアメリカしかありません。アメリカが攻撃されようとしたときに、「うちもいっしょに守るよ」ということです。さすがにこの集団的自衛権は9条の制約があるので、行使はできないのだと政府は言い続けてきました。しかしそれは「あくまで政府がそう解釈してきただけなのだから、政府の解釈を変えればいい」と言うのです。
 安保保障懇談会という安倍さんがつくった懇談会では「集団的自衛権を解禁する」という提言を出して、いまだにうるさく言っています。「アメリカと日本の艦隊がいっしょに行動をしているときにアメリカの艦に攻撃があったら、日本の艦も反撃していいだろう」あるいは「日本の領空をアメリカに向かってどこかの国のミサイルが飛んでいったときに、黙って見過ごしたのでは同盟国の名前が廃るだろう」。実際にできると思っているのかどうかはわかりません。軍事的に言うと大陸間弾道弾を後から撃ち落とすのは絶対に不可能ですなのですが。それでも改憲派の頭の中ではこういう戦争が描かれているのです。あの安倍政権ですから、いつやりましょうと言い出すかわからないですから、これは警戒していいのではないと思います。

 しかし、さすがに安倍さんが「いいね」と言っただけでは実行できないから、法律に書いておこうとします。

①「国家安全保障基本法」

 それが「国家安全保障基本法」で、自民党はすでに準備を終わっています。簡単に言えば、憲法の制約を法律で突破してしまう。壊憲の基本法です。ただ、「国家安全保障基本法」ができると、これが自衛隊を含めたこの国の軍事法の一番上にある最上位の法律になります。「環境基本法」や「教育基本法」と同じです。今は「有事法制」が最上位法で、「武力攻撃事態対処法」が下について、その下に「国際平和協力法」、さらに集団的自衛権の行使のための「集団的自衛事態法」があります。そして「秘密保全法」、こういった体系を組み上げようというのが自民党の軍事法プランです。だからこの基本法の中には「集団的自衛権の行使」であるとか、「恒久的な海外派兵」であるとか、「秘密保全措置」であるとか、「自治体や国民の協力」であるとか、「9条改憲」で、入れようと思ったものがほとんど入ってしまうのです。戦争放棄と書いてある憲法の下に、戦争をやるという基本法をつくるというのですから本来できるわけはないのです。しかし国会で通ってしまうと法律として動いてしまいます。これ自身が憲法の「ぶっ壊し」なのです。これができるなら憲法はいらないという話になってしまうわけです。これも厳重な警戒が必要です。

②「秘密保全法」

 すでに反対運動が2年続いているのが「秘密保全法」です。これは自民党時代に検討が始まって、民主党政権時代に報告書ができて、自民党がこれを引き継いで、今年の秋に国会提出をすると言っているものす。無限定の秘密、公共の安全及び秩序の維持など、何でも入ります。それについて取り扱っているものをうっかり漏らしたら犯罪にする。弁護士や研究者、あるいは国民がそれをしゃべらせようとする行為をすると「特定取得行為」として犯罪とする、あるいはしゃべらせようとするのを「教唆」として犯罪にします。そうすると、取材をしたら犯罪、研究をしようとしたら犯罪となる。軍事についての、あるいは防衛についての言論封鎖は巨大な力を発揮します。

③「国際平和協力法」

 要するに恒久的な海外派兵ですが、これは完全に完成しています。自民党が3年前に国会に提出しましたが、少数だったため通りませんでした。今度の参議院選挙後に出されると、これは通る恐れがあります。海外派兵を恒久化して、治安掃討作戦であるとか臨検、護衛作戦等々をすべて可能にします。できないのは共同作戦と占領ぐらいです。軍法会議もできないでしょう。さすがにこの3つは9条を変えなければできないのです。ここまで全部法制化してしまうと、9条を変えてやろうとした部分の90%ができます。それを先にやって置いて、「これを憲法に書き込むのだ」と言って9条改憲に持って行く。ですから9条を守るためにはここも叩かなければならないのです。


四、自民党改憲案がつくる「この国の形」
1、9条改憲と国家改造 際平和協力法」

 9条の改憲は9条だけに留まりません。実は明文改憲でも9条だけを切り取って考えているわけにはいかないところがあります。なぜなら9条を変えるということは、この国のあり様を変えるということで、私は国家改造といっています。軍事の部分だけを突出して改造して、他の部分は手をつけないで穏やかなままの国でいるなんてことはできません。侵略戦争をやっている国の後方で、自由と民主主義が謳歌された国をご存じですか。アメリカは自由と民主主義の国だといわれていますが、あの反テロ戦争の下で「国家安全保障法(パトリヨット法)という法律がまかり通って、カラードの人権やイスラムの人権はほとんどありません。イスラムと見なされればテロリストの容疑を受けていつでも検束ができる。そんな国にあの国は豹変しました。戦争に出ていく国をつくるためには、その後方を固めるような装置がどうしても必要になります。これが国家改造のひとつの側面。もう一つは、戦争に出ていくのは守ろうとするものがあるから出ていくのです。では今戦争に出ていって守ろうとする価値は何なのか、国民の生活ではありません。外に出て行っている多国的起業家、この国の大きな資本の利益を守る、そのための海外派兵なのです。その前提として、この国の多国的化した企業の利益が守れるような国の仕組みにしておかないと意味がない。これがもう一つの理由です。その結果この国のシステムが全て変わるということなのです。

2、天皇…天皇を戴く国
 まず天皇、「日本国は長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家である」天皇を戴く国であるというのがこの国の最初の押し出し、これ自体が国民主権や憲法の最高規範に対する真っ向からの挑戦です。そうすれば当然天皇の地位と権限が変わります。第1条「天皇は元首」とする。簡単に言えば国の頂点に立つのが天皇であるということです。すると、この条項に矛盾する条項は全部変わります。3条現行憲法では「内閣の助言と承認が必要」となっていますが、「内閣の進言が必要」となっています。「助言と承認」は上からの行為ですが、「進言」は下からの行為です。そういう天皇ですから天皇は「不可侵」、なのものにも拘束されません。現行99条では「天皇または摂政…」と天皇も憲法を尊重し擁護する義務を負います。つまり憲法の下に天皇がある、天皇は憲法に制約されるとなっています。自民党案では天皇が抜け落ちています。その代わりに憲法を守る義務を負うのは102条の1項「すべて国民はこの憲法を尊重しなければならない」、つまり憲法が国民を縛ります。
 もう一つ自民党案の3条と4条は「国旗は日章とし、国歌は君が代とする」。そして「日本国民は国旗および国歌を尊重しなければならない」。こうなりますと日の丸・君が代の強制は当たり前ということになってきます。他国にも国旗や国歌を書いている国はありますが、それは「国民」のところに入っています。国旗や国歌を入れるなら第3章「国民の権利と義務」の項目にいれるならともかく「天皇」のところに入れています。ここに入るということは「国旗や国歌は天皇を象徴するもの」、「天皇に代わって仰ぐもの」ということを意味します。それは天皇を仰ぐことを強制することになるということを押さえていただきたい。この全てが、外に戦争に出て行く軍人にとっては統合の象徴となるのでしょう。米国では星条旗であり、英国では「save the queen」それに代わるものとして天皇を置く、戦前と同じです。もう一つ、新自由主義で分断され格差の下に置かれる国民、民衆にとっては、その国民が再統合され、一つのものになるのが「天皇」の下にと考えるということです。これも1920年代、30年代をお考えになれば、わかると思います。これがこの憲法の最も復古主義的な特徴です。

3、「人権」…「公益及び公の秩序」への隷属
 11条、12条、13条あたりにかなり大事な条文があります。これが本質的に代わります。12条の自民党案「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益および公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する義務を負う」、ここで言う「公益及び公の秩序」に反しないようにということの意味ですが、これは国民個人が持っている人権よりも公益及び公の秩序が優越すると言っていることです。現行の12条「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」、ここで「公共の福祉」といっているのは「公益及び公の秩序」とはまったく意味が違います。
「公共の福祉」は他の人権との調整の問題です。言論の自由は大切だから、報道の自由はあるけれども、人のプライバシーに土足で踏み込んでいいかというと、制限がある。これが「公共の福祉」です。人権と人権との調節です。これで裁判所はいろいろな判例を積み上げてきています。自民党案は、人権と人権との調節だけではダメだと言っています。それ以上に優越する価値がある。それはみんなの利益、当然公益は「国益」になります。社会には秩序が必要、「治安」と同じ意味です。「秩序を乱すような自由はないのだ」ということになります。そうなると、「公益及び公の秩序」を理由にして法律で決めれば、人権を制限することができるということになります。これは戦前の大日本帝国憲法の「法律の範囲内で」人権があるという考え方と、基本的に代わりません。
 13条の「すべて国民は個人として尊重される」から「個」が落ちました。「すべて国民は人として尊重される」、意味は代わらないじゃないかと思うかもしれませんが、憲法論からいえば、決定的に違うのです。ここでいう「個人」はひとり一人独立した、自立した個人を指しています。これが人権の出発点なのです。極論すると「国家の運命よりも個人の命の方が重いのだ」という考え方から物事を出発させています。これを「個」を落とすということは。均質的な「人」に矮小してしまいます。それぞれの独立を考えることはない。だから責任や義務を強調しようとなってみたり、「家族」というものを強調しようとなってみたり、国も責任より家族の助け合いを強調するなど一種の新自由主義的な哲学をはめ込むという切り口になります。

4、「天賦人権説」を外したい自民党
 97条にも大変重要な部分があります。「基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果である」という表現がありますが、これは全文削除されます。これは人権の持つ歴史性と本質を語ったもので、基本的人権はフランス革命やアメリカ独立戦争などの市民革命によって獲得され、それを天賦の人権、不可侵の人権として宣言されたものです。勿論最初は自由権だけで、女性に参政権などはないです。その後労働者階級や女性がたたかって社会権を刻み込んだり、男女平等を刻み込んだりします。しかし、出発点は、「人権はたたかい取ったもの」なのです。そして侵すことのできない人権として宣言されたものが人権の本質です。自民党案はこの「天賦人権」という考え方、「たたかい取った人権」という考え方を否定します。Q&Aにそう書いてあります。では自民党がいう基本的人権とは何かというと、「人権というのは我が国の歴史、文化伝統をふまえたものであって、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです」。彼らにとっては今の憲法も。聖徳太子の17条憲法も変わらないのです。本当は「和をもって貴しとなす」と書きたいのでしょう。日本人として恥ずかしいぐらいの水準の話です。このくらい人権に対して無知無理解から出発しますから、個々の人権記述がひどくなるのはあたりまえです。

5、表現の自由より公益が優先
「言論表現の自由」これが、21条、さすがに表現の自由がないとはしません。しかし、2項には「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、それを目的として結社をすることは認められない」。つまり国益に反する言論や結社は認めないといっていることになります。例えば戦争になったときに、それを否定し、あるいは批判するような報道、あるいは言論に対して国益に反するということになります。今の有事法制ではさすがにメディアに協力を求めることしかできないのですが、これは禁圧ができることになります。「政党法」を憲法に取り込み、「政党なるものが国益あるいは公序を侵害するようなものであったら、その政党を禁止しても憲法に反しない」ということになります。
 24条には「家族の尊重」が入り込んでいます。あるいは公務員の労働基本権の制約などが含まれます。

五、国の仕組みはどうなるか
1、強権政府と小さい政府
 政党条項(改憲案64条)「国家は、政党の活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない。政党に関する事項は、法律で定める」(64条の2)。政党の要件を規定することによって政党を排除したり、あるいは政党を国家管理の下に置く、その方向に進んでいく危険性があります。
①緊急事態情報
 政府が緊急事態令を出すのは、戦争の場合、内乱の場合、大規模災害の場合といいます。ここでも戦争と災害を同列に並べています。戒厳令です。これを出すとどうなるかというと、政府は法律と同じ権限を持つ、命令を出すことができるようになります。戦前の緊急勅令と同じものが発令され、人権は事実上停止されます。ドイツでいえばナチスの全権委任法と同じです。
②小さい政府
 財政健全主義(改憲案83条の2)「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない」ということは、赤字にしてはいけないと憲法がいうことになります。赤字にしないためには税金を上げるか、支出を減らせばいい。増税や社会保障費の抑制を憲法から引き出すことができ、政府にとってこんな都合のいい条文はありません。このときに93条の3「国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない」国と地方自治体の役割分担をわざわざ入れ込みました。国家の役割は安全保障や経済戦略等の限定された分野に限り。それ以外は地方自治体に押しつける。簡単に言えば地方分権主義を憲法に入れ込むということです。小さい政府をつくるためです。
 改憲案96条の1項「地方自治体の経費は自主的な財源を持って充てることを基本とする」。それでやっていければいいのですが、収入の乏しい自治体は一体どうすればいいのですか。窮乏が嫌なら金のある自治体に飲み噛まれなさいと合併を強いることになります。
 93条の1項「地方自治体は基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は法律で決める」、広域自治体が道州制であることはいうまでもありません。

六、立憲主義の否定…国民を縛る憲法へ
1、立憲主義を知らないという政治家たち
 99条と102条「天皇の憲法尊重義務」を外して、国民の憲法尊重義務を入れます。権力を縛る憲法から国民を縛る憲法への転換、立憲主義の否定です。この立憲主義の否定の延長線上にあるもの、これが憲法改正発議要件の緩和、要するに96条改憲です。3分の2の賛成による発議を過半数の賛成で発議ができる、つまり発議しやすい憲法、憲法を変えやすい憲法に、ここまでが一貫した改憲体系を持っているのが、自民党改憲案の構造です。自民党に投票した人は本当に日本をこんな国にしたいと思って自民党に投票したのかと機会があったら聞いてみてください。いくらなんでもこれはという人たちが多いのではないかと思います。それが今の改憲派の最大の弱点でもあります。さてその改憲を実現していくプロセスでは、96条から行くというのが、この一年組み上げてきた自民党の確定戦略です。
 今まで憲法の論議で必ずしも強調されなかった立憲主義の考え方をもう一度確認をしておきます。いったい憲法とは何のためにあるのかということですが、故人ですが、芦部信喜さんという憲法学の大家で憲法学会の主流をなす方が書かれた本があります。法学部の学生は必ず読む本です。資本試験を受ける学生なら、この本を全文頭に入れていなければ落ちるというくらいの本です。その本の文言を抜いておきました。「近代立憲主義は個人の権利、自由を確保するために国家権力を制限することを目的とする」という部分です。立憲主義を定義する大事な部分です。つまり人権のために権力を縛るのが近代憲法です。そのことが国会でも問題になりました。しかし、安倍首相の答は「私は芦部信喜さんなどは知りません」でした。そんなやつが憲法に手をつけるなと言いたいです。そういう恥ずかしい答弁は全世界に発信されていますから本当に恥ずかしい。芦部信喜さんは憲法学の主流で、私は主流を批判する側にいたのですが、最近は主流を自民党が知らないので、それを解説しなければならなという事態になっています。片山さつきさん、磯崎洋介さんはいずれも芦部信喜さんが東大の教授をしているときに東大法学部に入って勉強をし、国家公務員試験に合格して、有能な官僚になって国会議員に転身をされた方なのですが、この二人は立憲主義を「知らない」と言っているのです。磯崎さんはツイッターで「最近出た学説ですから」片山さんは「私は芦部さんの直弟子ですよ。でもそんなもの知りません」。いくらなんでも失礼だという気がします。私は反対派ですから、私が言うならまだわかります。というくらいひどいものです。
 芦部さんより古い言説から一つ、1888年の筈ですから125年前です。「憲法を創設せるの精神は、第一 君権を制限し、第二 臣民の権利を保護するためにあり」これは大日本帝国憲法を制定する過程の枢密院審議に於ける枢密院議長であった伊藤博文の発言です。議事録に残っています。少なくとも今の宰相の憲法認識よりよっぽどましです。
 その立憲主義の立場に立つから、憲法は簡単に変えられない仕組みを組み込んでいるのです。なぜなら憲法は権力を縛るものだからです。縛られる権力はその軛(くびき)を断ち切ろうとします。その衝動から憲法を守るためには組み込むしかない。これを「硬性憲法」(改憲手続きを厳重にして変えにくくする)と言います。これが96条です。

2、圧倒的多数の支持による戦争は正しいのか?…国民は情報に操作される
 しかし、自民党はこういう説明をしますので注意をしてほしいと思います。権力を縛る憲法だったら、国民投票をやればそれでいいではないか。むしろ国民投票をやることを制約することはおかしいと。大阪に行きますと「早くみなさんに判断してもらいたいのです」と、憲法改正についてしゃべった市長がいます。「だってみなさんが主権者なのですから、政治家なんかに任せちゃいけない。早く国民のみなさんの投票にかけてもらいたいと言っているんですから、ご賛成ください」。これが間違いなんです。人権というのは国民の多数からも守られなければならない。そういう性格を持ちます。平和というものは国民の多数が破っていいものではない。だから平和なんです。国民主権は絶対ではないのだということも胸に刻み込んだ方がいい。確かに先制君主が国民の反対を押し切って戦争に突っ込むケースはありますよ。しかし、多くの場合は、国民を操って国民の圧倒的支持を得た形で戦争に突っ込むのです。9・11事件が起こった後、アメリカはアフガン戦争に突っ込みました。もしあのとき、アメリカ国民に「戦争をするかどうかをみなさんで決めてください」と国民投票をやっとして、アメリカ国民は否決したと思いますか。おそらく圧倒的多数で可決したのではないでしょうか。では圧倒的多数で可決したらあの戦争は正しい戦争だったのかと言うことです。国民は情報に操作され、時としてナショナリズムに捕らわれて間違った選択をすることがあるのです。こういうことは歴史の中で何度もくり返されています。多数決で簡単に奪っていいのか、今、在特会と呼ばれる人々によって、在日外国人に対するヘイトスピーチ(在日出ていけ、死ねといったもの)が、毎日行われていますが、これが広がっていって多数になったらどうなりますか。人権や平和というものは時の多数によってでも破らせてはならないのです。だから国民投票の過半数だけで決めればいいわけではない。だから議会の熟議と、議会の圧倒的多数を硬性憲法は要求してきたのです。「国民が政治の主人公になろうね」と言い続けてきた私たちの言葉とどこかでずれるかもしれない、それでも、憲法を守るということはそういうことなのです。

3、「3分の2」が世界の趨勢
 その硬性憲法という考え方、実は世界の趨勢です。アメリカは上下両院の3分の2、ブラス州議会の4分の3。ドイツも3分の2、韓国も3分の2と国民投票。議会の過半数で憲法改正に持って行ける国は実は少数です。憲法改正要求が厳しいから一度も変わっていないのなどと言っていますが、アメリカでもドイツでもこの厳しい条件の下で変わってきています。国民が改正を望んだり支持したからです。「あなた方が憲法を変えられなかったのは、あなた方が考える9条改憲という考え方が、国民の多数を占めなかった、あるいは議会の3分の2の多数を占めなかったことの結果に過ぎない」ということなのです。その中で出されてきている96条は9条改憲に向けたハードルの切り下げです。96条改憲というのは、国民の側が変えたいから、早くボツにしてくれという運動をしているのならまだしもわかるのです。言い出しているのは権力の側にあるものなのです。縛られている権力の側にある者が、将来おれに都合のいい「憲法改正」をやりやすくするためにハードルを下げさせろと言っているわけです。これは近代立憲主義憲法、変えにくくする憲法、権力を縛る憲法という考え方そのものに対する挑戦です。
①96条改憲は「裏口入学」…小林節慶応大学教授(改憲派)
 5月3日だと思いましたが、朝日新聞がこの問題を特集しまして、その時にほとんど異口同音で「そうだ」と言ったのが、小林節慶応大学の教授でした。彼は右派でして、9条との関係では公然たる改憲派です。ただ彼はそこは筋が通っているのです。「九条改憲は、9条改憲の意味と内容を国民に訴えて、現在の憲法の下で支持を得てやるべきだ。そこを言わないで96条を先に変えるというのは「裏口入学」をやるに等しいものである」。改憲派から見てもそうなのです。そんな形で憲法を変えていけば、憲法がまったく安定しなくなる。つまり時の権力はどうにでも発議できるのです。そして世論を誘導すれば、「9条を国防軍に変えました」、「やっぱり自衛隊に戻しました」とかというふうに変わっていく。つまり時の権力の都合のいい形に変わる憲法というのは、もはや近代立憲主義憲法とは言わないのである。ちゃんと改憲をやろうと思ったら憲法を変えてはいけないのであるというのはちょっと変な話ですが、改憲派の人が言うほど、96条改憲というのは「裏口入学」なのです。
②「96条改憲は革命」…石川健二東大教授
 もう一つ、5月4日の朝日新聞には、石川健二さん、東大教授ですが、彼は「96条改憲は革命である」と言いました。哲学の下に確立されるのが憲法なのです。衆参両院の3分の2でしか変えられないというのが、基本原理の一つなのです。その基本原理を変えてしまうというのは、違った憲法秩序をつくってしまう。異なる憲法になる。憲法の革命だというわけです。現に私が知る限り、憲法をきちっとつくっている国で、改正手続きだけを改正した例はありません。国会図書館が発表していますが、その中に改憲手続きだけの改憲例は報告されていません。やったら世界の珍事ということになるでしょう。

 

七、96条改憲を阻止するために
 まず96条でハードルを下げる、それから立法手続きで既成事実化する。そして9条改憲に持って行く。こういうことです。衆参両院の過半数ですと、政権政党は多くの場合、ねじれが正されれば確保できます。しかも小選挙区制がまだ維持されていますから、政権党の獲得得票というのはせいぜい20%、30%で取れるのです。少数の支持で過半数の議席を取って、過半数で発議をして、9条関係ならナショナリズムが勃興している時を選ぶ、外国人の人権に関することなら北の驚異がどうのという時期を選ぶ。結社の自由を制限するならオーム真理教などの問題が起こっている時期を選べばいい訳です。発議する方が選び放題です。
 今9条改憲ができないのは、今この時国民的支持が得られていないからです。では国民的世論ができたときに提案すればいいではないかということですが、その時9条改憲派が絶対数を占めている保障はありません。また民主党が伸びて安倍の自民党が失速すると、どう壁が振れるかわからないのです。小選挙区制は不安的な政権を生んでしまいます。だとすれば、今3分の2を占められるこの時に過半数を取って政権さえ取れれば、改憲をやれるように変えてしまう。はっきり言えば国民世論と議会を二つながら操ろうという悪巧みです。これは絶対に許してはならなりません。
 当面の課題は96条改憲です。現在賛成している参議院の議席は自民党が84、維新が3、これは確定です。みんなの党は基本的には賛成の方向を示すはずです。現在96改憲に賛成する議席は100、民主、共産、生活、緑の風が反対しているのははっきりしています。公明党19は現在慎重と言っています。ただし連立与党ですから自民党と袂を分かてるかどうかが問題です。それが今度の参議院選でどうなるかということなのですが、96条改憲がまだまだ支持を得ていません。この前の世論調査でも、「慎重」か「わからない」が大勢です。有識者は改憲派も含めて反対派が多い。このなかで96条改憲派をどうやっても3分の2を超えさせないことが、当面の明文改憲を許すかどうかの最大の課題です。参議院の3分の2は163、今より63積み上げなければならないから楽ではないのです。ただ、6年前の参議院選で圧勝した民主党が53議席あるのですが、この民主党は下手をすると一桁に下がる恐れがあるのです。ですから40やそこら崩れる恐れがあるのです。この崩れたものがどこへ行くか、それが全部自民や維新の改憲派に走ってしまったりすると、キャスティングボードを握る公明党がどっちに行くかです。世論の流れが96条改憲賛成に傾けば公明党は与党を維持するために賛成に回るだろうから、その時には163に達する可能性があるのです。逆に言うと、確信を持った96条改憲派、自民・維新・みんなを圧勝させないこと、公明党に、賛成したらやばいと感じさせるような風を起こすことが大事になってきます。9条の会は、売られたケンカは買うしかないと思ってください。

運動をどう進めるか(たたかいの切り口)
 私は最初は、立憲主義か改憲かという話をしても運動にならないと思ったのですが、やるしかないと思います。「権力を縛る憲法を、権力の側がハードルを下げていいのか」「裏口入学ではないのか」「ルール違反ではないのか」、簡単に言えば「ずるい」「不公平」「姑息」、このあたりが、わりにわかりやすいので、ぜひ広げていただきたい。
 ここは9条の会ですから、「96条改憲が9条改憲のための第1ハードルであること」を握って離さずに訴えてください。自民党自身が言っているのです。「96条改憲は9条を視野にやります」と。では自民党の言う9条改憲、「国防軍をつくって、海外派兵にもっと出ていこう」というのが国民的な支持を得ているかというと、決してそうではないことは確かです。9条改憲の支持は増えてきているのですが、それも自衛隊があるのだからそれを明記した方がいいというところに留まっているのです。「国防軍にして集団的自衛権を行使して海外で先端をひらいていいか」という質問については、依然として多数が消極的なのです。
 自民党の改憲案は自衛隊を明記するための改憲ではありません。あえて9条を変えると言うことは、それをやると韓国や中国との関係が悪くなることを承知の上でやるのですから、新しい軍隊としての海外出兵という外征という位置に踏みだすことを意味しています。そこを訴えることは、尖閣や北朝鮮の問題が理由にならないことを暴露する点でも大事なことです。これを軍事力で解決していい問題だと、本来誰も思わない。本当に尖閣列島で一戦やるつもりですかということでしょう。これは軍事力でなく外交で解決しなければならない問題であるとこはさすがに誰でもわかります。その中で国防軍をつくる改憲などをやることは、中国や韓国との緊張をますます高めることにしかならない。政府的説明でもこれは個別的自衛権の問題なのです。「我が国の領土に何とか軍が攻めてきた時のために自衛隊をつくったのでしょう」と言うだけの話で、何も9条改憲をやらなくたってできる筈です。
 もう一つ、戦争をする国には戦争をする後方が必ずあるのです。そんなおぞましい国にしたいのかを問うてください。
 今自民党は調子に乗って、本当にあけすけに本音を言ってくれます。その、この国の形を示す第1級の資料が自民党の改憲案であり、何でそんな国にするのかは日本国憲法改正案Q&Aに全部載っています。読んでみてください。腹が立ちますが、腹を立てて語ってください。多くの方が腹を立てて、「こんな国に住みたくない」と言うと思います。これは憲法論以前の人間の感情の問題なのです。それを、脱原発やTPP、貧困問題などの運動している多くの人に持ち込んで対話をしてください。こういう広がっている運動と自民党改憲案、9条改憲、96条改憲をリンクして考えて行くことが、時間がかかっても私たちがやらなければならない課題だろうと思います。

あのときのたたかいに確信を …改憲策動を頓挫させた実績
 96年9月に成立した第1次安倍内閣の時も明文改憲の危機でした。教育基本法の改正が強行され、改憲手続き法が強行され、イラク派兵法が延長され、米軍再編特措法が強行され、さんざん反対運動をしましたが、20数回強行採決をやられて全部通って行きました。その調子に乗った安倍さんが、「今私の内閣で戦後レジームを脱却するのだ」、「我が任期中に9条改憲をやる」と叫びました。さすがに国民はあのとき、本当に憲法改正が目の前の課題になったのだということを実感しました。多くの「9条の会」がつくられて、「9条の会」の運動が全国に広がり、改憲手続き法ともリンクをして護憲運動が広がりました。ちょうどそのとき、構造改革による社会の亀裂が広がっていて、貧困が広がり、日比谷公園で派遣村をつくって救援運動に乗り出さなければならないような状況になって、それが全国に広がって、この護憲の声とくらしを守れという声が広がっていった。そのため、第1次安倍政権は、改憲手続き法は成功しますが、明文改憲は頓挫に追い込まれました。その年の8月参議院で惨敗をします。それが6年前、民主党が圧勝した年です。政権交代の第1歩が始まります。敗北した安倍さんは臨時国会を開いて、所信表明演説はやったのですが、3日後に退陣します。簡単に言うと投げだしたのです。事実上、国民の運動と参議院選挙が政権を倒したに等しいのです。国民の運動が改憲策動を頓挫に追い込んだ輝かしい勝利です。6年経って第2次安倍政権が生まれて、再び構造改革を再開して、明文改憲と教育再生をまたやろうとしています。2012年の総選挙は、自民党や改憲派への期待を決して意味してはいないのです。自民党に対する支持そのものは確実に減っているのです。したがって政権基盤はあのときよりも遙かに脆弱です。それがわかっているから、とにかくアベノミクスで「暮らしだ」と言い続けなくてはならない。さていったいいつまでこのアベノミクスの浮揚気分は続けられるのか、実態が伴わない気分は長続きしません。人間の気分だってバブルがはじけるのです。それがもう見えてきています。その批判も含めて、あのときのたたかいをもう一度今やって、改憲策動と安倍政権の策動を破綻に追い込みたいと思います。

いまこそ憲法に輝きを
 憲法97条、この条文だけは改憲草案が全文抹殺しようとしているものです。自民党と共に天を戴かない条文です。「この憲法が日本国憲法に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練に耐え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」。さっき天賦人権のことをお話ししましたが、もう一つ、憲法は何によって守られるかということです。立憲主義憲法は権力を縛ります。縛られる権力は憲法を守ろうとしません。そのことは憲法自身がはじめからわかっています。権力を縛る近代立憲主義の憲法は、権力によって守られることを期待はしていません。だから、憲法はその最後の守りを現在及び将来の国民に託します。国民しか守るものがいないのが、本来の憲法なのです。権力者がつくったものは憲法の名に値しません。6年前、私たちは、その近代立憲主義憲法の信託に応えて憲法を守り、安倍政権を倒閣に追い込みました。もう一度たたかって憲法に輝きを取り返し、改憲策動を阻止しようではありませんか。

 


ページトップへ