26号 2009年12月発行

 

        いつも〈歌〉がボクを運ぶ           ─カブール(アフガニスタン)ヘ─   
            
                                   ゆうた

   1998年夏、アコースティック・ギターでの弾き語りソロ活動のスタートと前後して、対人〈対子ども狙い〉地雷撤廃運動応援のために歌を作る機会を得ました。
  たくさんの子ども達が手足や瞳、生命や夢を奪われていることを知りました。
 そして、空からぬいぐるみやおもちゃ、アイスクリームやお菓子の形をした地雷をバラ撒いてるのは人間なんだと気づきました。
 ボクは「テレビのこちら側にいる僕らができること」をテーマに歌を作り、歌い始めました。
  そんなボクの歌を好きになった仲間が立ち上げたNPO法人に関わり、カブールへ渡航、アフガニスタンの子ども達が通う芸術専門学校の運営支援をするようになり、同時に日
本の子ども達とアフガニスタンの子ども達を結ぶ活動が始まりました。
  ある日、ある町の『ファミリーコンサート』の1シーンを…
Q「ねぇ、みんな、アフガニスタンって知ってる?」
A「国の名前!」
Q「どこにあるかわかる?」
A「わかんない!]
Q「じゃあ、アフガニスタンって暑いと思う? 寒いと思う?」
A「暑い! 砂漠があるもん!」

Q「ほかに何か知ってる?」
A「戦争! テロ!」
Q「何で戦争やテロがおこるんだろうね?」
A「アメリカが始めるから!」
  少年の答えにたじろぐ僕ら。
コンサートは写真や映像を交えながら進んでいきます。
  スクリーンに映し出される富士山より高い雪化粧の山々、道を行く馬やラクダ、ケシ畑、地雷の存在を知らせる赤と白に塗られた石、日本車、日の丸がついたバス停、ライフルを道端に置いてサッカーをする兵士達、花壇に生まれ変わった壊れた戦車、携帯電話、肉屋に飼われている山羊や羊、ガスボンベを転がしながら運ぶ少年達、歌い踊る子ども達、笑顔、きれいな瞳…。
スクリーンを見つめる日本の子ども達の笑顔も瞳もとってもきれいです。
Q&Aの続きを…
Q「アメリカと仲良しの日本はどうすれば良いのかな?」
A「簡単だよ! 憲法9条を守ればイインダヨ!」
ノンフィクションです。
                           (ねりま九条の会呼びかけ人・ミュージシャン) 

 

       記念講演「日露戦争の真実」に感銘
         ─ねりま九条の会第6回総会─

 ねりま九条の会は12月5日練馬区役所ホールで第6回総会を開催しました 。
山田朗さん(明治大学文学部教授・歴史学)の「日露戦争と歴史の真実―『坂の上の雲』―ではわからないこと」記念講演には150人の参加で会場はぎっしり。NHKが放映中のこともあり関心が高く、はじめて聞く真実に歴史を学ぶ重要さを思い知ったという感想が多数寄せられました。日露戦争は満州を手に入れようとする日本、ロシアの戦いだけでなく、ロシア・フランスと対立するイギリスの世界的な戦略の所産であること、とりわけ日本が情報、戦費、武器、訓練などイギリスの全面的な支援を受け有利に戦った事実など、『坂の上の雲』には出てこない話が縦横に語られました。また当時の国家指導層は失敗を隠し、成功の要因を正しく総括せず、「日本軍は弾は無くても戦える」「少数の兵隊で大軍に勝つことこそ日本の伝統」と総括し、勇敢さや精神主義ばかりを強調した。しかもこれが「歩兵戦法」として第2次大戦に引き継がれ、大敗する結果になったことなど、日露戦争が第2次大戦につながり今に至る、スケールの大きな話に一同引き込まき込まれてしまいました。当時の国家指導層の目で歴史を捉えた司馬遼太郎の『坂の上の雲』の限界と、NHK放映の危うさが浮かび上がりました。
 引き続き総会では、司会吉川和恵さん、議長森田彦一さんによって議事が進められ、会計の小岩昌子さんの決算報告と予算案提案、比嘉高さんの会計監査報告を承認しました。
 大柳武彦事務局長からは、経過報告に続いて今後の方針として、「九条の会が増えることで改憲世論は減少してきたが、今年は改憲世論が増えている。総選挙で自・公政権が崩壊し、改憲議員が多数落選したこともあり、九条の会も一服状態になっているようだ。そうした情勢を踏まえて、来年は4月ごろ、練馬で憲法25条をテーマとした映画「いのちの山河」(乳幼児、高齢者医療を初めて無料化した岩手県沢内村)を大規模に上映し、6月13日には品川正治さん、松元ヒロさんを招いて練馬文化センターで大集会を開く予定。また地域九条の会を増やし、ねりま九条の会の会員を1200人に拡大したい」という提案が出され、承認されました。

「アンケート「催しをどこで知りましたか」の回答より
                   会報 5  新聞の公報 4  新聞の折り込み 10  街頭宣伝 1  知りあいから2  
                  その他(週刊金曜日) 3(図書館で)1  無回答 3

感想より

*日露戦争が日本による朝鮮併合の前しょう戦であったという視点は、非常に重要だと想った。近現代史の真実をあらためて深く、正確に学びなおす重要性を痛感した。「坂の上の雲」は、あくまでフィクションとして批判的に見ていく必要があるだろう。79歳男性

*「坂の上の雲」を観る上での注意点が明確になりました。この作品を利用しての悪宣伝に惑わされないようにせねばならないと思いました。「伝統の創出」「日露戦争の頭」で戦われた太平洋戦争という考え方になるほどと思いました。

*フィクションと事実を区別して見るべきというお話は若い世代にも伝えたいと思いました。(わが家にも高校生が2人、小学生が一人おりますので)48歳 女性

*105年前の歴史を学ぶには良い機会でした。ただ、僕を含めた学校(小・中・高)の授業で現代史を駆け足でしか学ばなかった立場としては、TVでフィクションを放映する背景や危険性、マスコミや教育の問題、解決方法への内容が及べば嬉しかったです。きっと、ノンフィクションの陰にもフィクションがあるのではと想います。42歳男性

 

大成功だったイマジンコンサート

 あたたかい春が待ち遠しかった2月に準備会を立ち上げ、始動した“2009イマジン平和コンサート”は11月7日(土)、東本願寺真宗会館のホールで「昼の部」も「夜の部」もたくさんの方たちに参加いただき、楽しくコンサートが開催できました。大好きな歌を通じて憲法9条を護る声を広げていこう!と、出演16団体、老若男女それぞれの表現でイマジン平和コンサートに望みました。イマジン平和コンサート2回目出演団体の経験の知恵と、初出演団体からの新感覚の提案などが結集し、成功に向けて実行委員会の中では大きな励ましとなりました。駅頭や街頭宣伝では、初出演の団体も積極的に取り組みました。そして一人一人が、つながりを大いに生かして、協力を広げることに力をそそぎ実ったことは大きな成果と感じています。協賛広告のたくさんの掲載。可愛くて心温まるイラストレーターの発掘。最終盤まで頑張ってチケットを広げてくれた人たちなどなど・・。そして、東本願寺真宗会館のみな様には私たちの取り組みに、ご理解とご協力を頂き、大変感謝しています。
 たくさんの方々の支援が成功に結びついているのだとしみじみ感じています。舞台の上の表現者も観客も平和へのあつい思いを確認できたコンサートでした。                                                                             実行委員長 遠藤千春                    

 

お知らせ

「ぞうれっしゃがやってきた」をみんなで歌いませんか?

 名古屋の東山動物園にいた二頭の象が第2次大戦後まで生き延びることができました。敗戦の荒廃の中、その象をひとめ見たいと、東京の子ども議会が、大人達を動かして「ぞう列車」を実現します。「ぞうれっしゃがやってきた」は実話に基づいた感動的な歌で、多くの人に愛されています。長い長い唄ですが、小さな子どもでも、お年を召した方でも誰でも歌えます。グループをつくって、心をひとつにしてみんなで歌いませんか。         練馬教職員9条の会     問い合せ先 佐藤康尚     03-5938-9152

私たちの活動         くるみ9条の会

 毎月一回、練馬駅頭でサイレント・スタンディングをしています。それぞれの平和への願い、憲法への想いを掲げて1時間の行動を続け4年になります。継続は政治を動かすと、毎回3名から7名が参加しています。私たちは「憲法9条を守り、子や孫が戦争に駆り出されることのないように」と願い、道行く人々にこうしてアピールしています。 夏は冷たい差し入れに感激し、行き交う人との憲法談議では、賛成も反対も議論は白熱します。私たちの大切な意志表明行動です。
          

 

                                                          本の紹介

                     及川和男著『生命村長 深澤晟雄物語』(童心社)(小学高学年向き)
                             『村長ありき 沢内村深澤晟雄の生涯』(高校生向き)

 岩手県旧沢内村の生命村長、深沢晟雄の生涯を描いた映画 「いのちの山河 日本の青空Ⅱ」が、現在全国各地で上映されている。“日本のチベット”とも言われた岩手県の中でもさらに貧しく、乳児死亡率が最悪だった沢内村(人口6000人)の村長になった深澤晟雄と村人の活動で、やがて、日本の自治体で初めて乳児死亡率「ゼロ」を達成する。
「村民こそ主人公」、「生命より尊いものはない」という村長の考えは21世紀の今日、なお輝きを放っている。

 

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