78号 2018年4月発行

変わらぬ北斗七星の存在  ─高畑勲さんをしのんで─              有原誠治 (アニメーション映画監)           

                                                                  

 日本のアニメーション界を代表する高畑勲監督が、肺がんで4月5日に亡くなられた。享年82歳だった。
 私が高畑さんを知ったのは、1968年に小さなアニメーションの制作会社Aプロダクションに、アニメーターの養成研修生として入って間もなくだった。養成期間は3ヶ月。給与も労働条件も劣悪でとても働き続ける自信がなかったが、 〝絵が動く表現〟には強く魅かれていた。その秘密が分かったら、もっと収入の良い仕事に移ろうとさえ思っていた。職場の先輩には東映動画出身者が多く、その先輩たちから新作アニメーションの試写会に誘われた。試写室は大泉学園にあった東映の試写室。作品は、東映動画制作の『太陽の王子ホルスの大冒険』だった。
 試写会に行くとき、Aプロの先輩たちは東映動画で働く人たちが会社の弾圧を乗り超えて労働組合をつくり、会社に言われるままではなく、自らのつくりたい作品をつくろうと語りあって企画し、会社の妨害をはね退けて完成させたのがこの『ホルスの大冒険』だと、興奮気味に語ってくれた。そして、東映の試写室での上映時間は82分。冒頭からエンディングまで、私はハラハラドキドキ、圧倒的な衝撃と感動の渦に放り込まれた。
 正義感の強い少年ホルスは、悪魔グルーンワルドの支配する村に帰って来る。村は悪魔におびえて暮らす人々と、悪魔の手先となって生きる人々に分断されていた。ホルスが魅かれる少女ヒルダでさえ、悪魔の手先。苦悩しつつホルスは、悪魔に命綱を握られても一人抵抗する。その果敢な行動が、やがて凍っていた村人の心に火を灯し、悪魔の呪縛から解き放ってゆく。
  アニメーションといえば、『ポパイ』とか『トム&ジェリー』、そしてディズニーの作品しか知らなかった私は、これまで見たこともない世界に引きずり込まれて興奮した。帰りに寄った喫茶店で、試写に誘った先輩たちは矢継ぎ早に私に問いかけて来た。「グルーンワルドとは何を象徴していたと思う?」 「ホルスの命綱を握ったグルーンワルドが、『俺の弟にならねば谷底へ突き落す』と脅かすが、あの〝命綱〟は、何を意味していただろう?」 思いがけない問いかけだった。「いや~すごい。面白かった!」という言葉しか持ち合わせていなかった私は戸惑って、「何ですかあの悪魔は?」と逆に問い返すしかなかった。「悪魔はアメリカ、〝命綱〟は、安保条約。安保がなくても、君は生きられると思うかい?」 またも、思ってもいなかった言葉が返って来た。「悪魔は大企業、〝命綱〟は労働組合のない労使関係」とも先輩は云う。そして、監督の高畑勲さんは東映動画労組の委員長もやった方で、いつも働く者とともにより良い作品作りをめざし、安く早く作れという会社側と絶えず闘って来た方。だからこそ、このような社会性のある作品をつくれたのだと教えてくれた。そのすべてを理解できたわけではなかったが、高畑勲監督と労働組合という言葉は、私の心に強く残った。そして、アニメーションを生涯の仕事としてやってみようとの私の決意の土台となった。
 やがて私は職場の先輩たちに誘われて、映産労(映画放送産業労働組合)という個人加盟の労働組合に参加し、次第に労働組合活動に夢中になっていった。
 一九七一年、私が働いていたAプロダクションに東映動画を辞めた高畑勲さんと宮崎駿さんが移って来て、『ルパン三世や』『パンダコパンダ』というアニメーションをつくることになった。そのときの私は、高畑さんたちは労働組合に参加してくれるものだと信じて疑わなかった。職場の仲間たちと相談し、ある日の昼休み、喫茶店にお二人を呼び出して組合に参加してほしいと訴えた。宮崎さんは腕組みをして押し黙ったままだったが、高畑さんは例によって考え込みながら言葉を吟味するように選んで、思いがけないことを語り始めた。
 労働組合活動は必要なのだが、その活動はアニメーションの集団創造活動と時には矛盾する。たとえば、労働時間の短縮という要求があるが、より良い作品づくりのためには徹夜もいとわない場合が必要で、そのことにいつも(動画労組時代に)私は悩んできた・・・。
 おおよそそのようなお話だった。大先輩を前にした私には返す言葉がなかった。やがて、私は演出を仕事とするようになって、「より良い作品づくりのためには徹夜もいとわない」という高畑さんの言葉を幾度も噛みしめることになった。アニメーションの制作は手仕事で、この程度でいいやとあきらめるとそれなりのものにしかならない。手塩にかければかけるほど、より深みのある表現に達する。労働組合の委員長でありながら、自ら長時間労働にのめり込み、制作スタッフの長時間労働の牽引者となる矛盾に悩みながら。
〝よりよい作品づくりのために〟という言葉を、高畑さんはいつも裏切らなかった。『パンダコパンダ』から『かぐや姫の物語』まで、いつも観客を魅了し、その期待に応えた。その一方で、労働組合の活動に冷淡であったわけではない。
1999年だったと思うが、アニメーションの制作現場の労働条件の改善を願って、日比谷公園で私たちが集会をやったとき、宮崎さんとともに激励のメッセージを寄せてくれた。『ホルスの大冒険』以来、いつも憧れの存在だった高畑さんが、最も親しく感じられたのは、ねりま九条の会発足10年目の集会で、ともに呼びかけ人として壇上に並んだときだった。人知れぬ感慨に胸が震えた。
 残念ながら帰らぬ人となった高畑さんだが、私にとっては仰ぎ見る北斗七星のような存在であることは、今も変わらない。


「南北首脳会談」─私はこう思う(会員の声より) 
       ◆笑顔で「南北首脳会議」が実現◆           中出 清治                   

 韓国の文在寅大統領と、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、4月27日に板門店で会談し、「板門店宣言」が発表された。
 私は両首脳が南北を分断する38度線を笑顔で軽々と相互に越える姿を見て感動に打たれた。宣言の内容は(1)完全な非核化により、核のない朝鮮半島の実現という共通の目標を確認したこと、(2)年内に朝
鮮戦争の終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換する、等ということとである。 私は南北の両首脳が大国の干渉を排して民族自決の原則に基づいて合意したことを歓迎する。朝鮮戦争は1953年の休戦協定以来65年間も国際法上は戦争状態が続いていたのである。しかも朝鮮戦争の犠牲は巨大であった。軍と民間人の死者は300万人を超え、大量の離散家族が生まれた。その数は1000万人といわれている。(和田春樹著『北朝鮮現代史』岩波新書岩波新書─北朝鮮は人的被害を発表していないので推計)実に、アジア太平洋戦争の日本の犠牲者と並ぶか超える数を生み出している。私は今回の合意が履行され、戦争状態が終結し、平和協定が結ばれることを強く願っている。これが実現すると、東アジアの冷戦解消への重要なステップとなる。まさに文在寅氏の言う「板門店は平和の象徴」となり、金正恩氏の言う「新たな歴史の出発点」として世界の人々から殖産されるに違いない。
 6月12日にシンガポールで予定されていた米朝首脳会談は、5月24日になって、アメリカのトランプ大統領が中止を告げる書簡を金正恩委員長宛に送ったことが突然発表された。私はアメリカが北朝鮮に対する非核化のハードルを高め、余談を許さない状況にあると見ている。アメリカ側の一方的な中止発表に対する北朝鮮側の公式発表はまだ出されていないが、会談中止ではなく、延期になることを願わざるを得ない。金正恩委員長は「板門店宣言」で合意したように、完全な非核化で核のない朝鮮半島を実現する南北朝通の目標を確認している。米朝戦争を必ず防ぐことは世界世論の体制であり、非核化プロセスは両者が交渉で妥結するよう最大限努力するべきである。
 拉致問題の解決は、2002年の「日朝平壌宣言」に基づいて国交正常化交渉を行うことがなければ解決しない。日本政府は安倍首相の圧力一辺倒の北朝鮮敵視政策とアメリカ頼みを止め、友好平和外交に転換し、一刻も早く条件をつけずに望むべきである。(5月25日記)
※この原稿は、会談中止発表直後に書かれたものです。


 ◆朝鮮戦争の終結を期待したい◆               掘 イチ子

 4月27日、私は生中継を見ていた。金正恩委員長と文在寅大統領が握手するシーンには、歴史的な瞬間に立ち会っているようにも感じた。多分に演出はあるのだろうが、金委員長本人の話す肉声を初めて聞いて、意外に自然で本気のように見えた。
 ついこの前まで日米の政府は「圧力一辺倒」だったので、米国が北朝鮮を攻撃したら、日本には米軍基地があるし、人口の多い東京も危ないのじゃないかという不安があった。トランプ大統領はやりかねないとも思えた。中東では現に危険な状況を自ら作り出している。朝鮮半島の完全な非核化、朝鮮戦争終結。願ってもないことではないか。戦争が終われば、北の脅威はなくなる。実現して欲しい。
政治決断の大きさを感じた。
 戦争や紛争、それにつながるものは恐ろしい。いつも私たち庶民が犠牲になる。命や住居が破壊されるだけではない。この構図を肝に銘じる。
 常に報道は鵜呑みにしないで、政府の立場と同化せずに、私たちにとってどうなのか考えていきたい。        (5月16日記)         

 

◆劫波を度り尽くして兄弟在り◆                  勝山 繁                                  

劫波(ごうは)を度(わた)り尽くして兄弟在り 相逢いて一笑すれば恩仇泯(ほろ)ばん

 これは魯迅の「三義塔に題する」という七言律詩の最後の詩句で、「荒波を渡り尽くせれば兄弟が居る。互いに会って笑えば恩讐も乗り越えられる」という意味である。魯迅がこの詩を詠んだのは1933年6月、満州事変勃発の約2年後で、日本は前年3月に満州国建国を宣言、三カ月前には国際連盟を脱退していた。そういう背景を想起すれば、この詩に託した魯迅の想いを知ることができる。
 この詩句は4月27日、文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が板門店宣言に合意したことを受けて、中国外務省の華春瑩 (ファチュンイング)報道官が、詩の一節を引用して拍手を送ったことで知られるところとなった。
 しかし政治、とりわけ国際政治・外交が自国の権力をバックに、利益を追求し、またトレードする場であることが否めない以上、宣言に盛り込まれた理想は、両国にアメリカと中国の思惑もあって、すんなり運ばず、相当の紆余曲折を踏むことになることは、大方の人が予想していた。 5月24日にトランプ大統領が金正恩委員長に送った「6月12日の米朝会談の中止」は、その序章に過ぎない。
「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」(CVID)に拘泥するアメリカに対し、北朝鮮は「段階的な非核化」を主張し、それをちらつかせながら「体制保証と経済的見返り」を要求する。そのこと自体両国間の隔たりは大きい。それに交渉に当たる当事者の発言の行き違い、感情のずれといったことも事をややこしくする。
 トランプが会談の中止に踏み切ったのは、「北の激しい怒りと敵意を露わにした発言」が原因で、その一つがペンス副大統領の「北朝鮮はリビアのように終わるかもしれない」の発言に対する崔善姫(チェソンヒ)外務次官の「ダミーdummy バカ者・トンマ」という非難だったという。
 しかし、実現が危ぶまれた会談も金委員長が「会談に確固たる意志」を示し、トランプ大統領も再び意欲を示したことで、事前交渉が再開された。非核化をめぐる大きな溝は埋っていないものの、米朝両国に中国も加えた関係国の北東アジアの平和に向けた努力に期待し、かつ、この間「北に対する圧力」という主張をとり続けてきた安倍政権に、反省と路線の転換を迫っていかねばならない。         (5月28日記) 
     

◆米朝会談の成功を祈る◆ ─核戦争は日本人全部の命の問題です─     比嘉 高

 韓国文大統領の仲介努力で、米朝会談を即決したり、相手の発言が気に入らないと会談中止を宣言したり、更には翌日会談再開を表明するなど、トランプ米大統領は予測不可能人間NO1です。片や、北朝鮮金正恩氏も、核ミサイル開発・実戦配備による核戦力の誇示に驚喜したあげく、核の完全廃棄(その内容はよくわからないが)に応じるなど、発言や行動の落差は世界NO1です。この予測不可能人間NO1と、発言落差NO1の人間が会談して戦争を止めようというのだから驚きだ。和田春樹教授は先日の大泉学園での講演会で「どんなことがあっても、どんな手段を使っても米朝核戦争を止めなければならない」という趣旨のことを叫んでおられたが、にわかには信用できないとはいえ、この両者の会談が成功して欲しいと、祈る気持ちで期待しています。
 会談予定日の6月12日は、ニュースの発行日であり、歴史的記念日です。核戦争による日本人殲滅の恐怖からの解放を祈ります。それにしても北朝鮮の核ミサイルの援護射撃のおかげで、集団的自衛権の合憲化、安保法制や秘密保護法を無理やり実現し、又、憲法「改正」を企む安倍晋三という人は米朝、中韓、中ロ、南北の会談によって、国際情勢がめまぐるしく変化する中で安倍だけ完全に蚊帳の外で、拉致家族問題も米・中・ロの他国頼みで、自分では手も足も出せないくせに、〝圧力圧力〟とわめいている姿には強い違和感を覚えます。また朝鮮半島の非核化には賛成だし大切だが、超大核保有国が、自分は持っていて他に持つことを許さないこと、イラン核合意を反故にしたこと、核廃棄国際条約に反対した日本政府(安倍)も、北朝鮮は核を持ってはいけないと言えるのか。これまでの日本(安倍)の外交戦略の破綻が見えてきましたね。(5月30日記)  

 

5.3有明集会に6万人が安倍政権NO!の声を!                          

   
        6万人で埋め尽くされた有明会場  
 

小金井で「3000万署名」活動中に不当連行

               ─もし連行されたら「国民救援会」に連絡しよう!      

 3月31日、小金井市のマンションで「安倍九条改憲NO!3000万人署名」の協力を呼びかけるため、戸別訪問していた男性2人と女性1人が、「住民の通報を受けた」という警視庁小金井署の警官によって連行されました。
 警察側は「住居侵入の疑い」などと連行の理由を述べていますが、マンションの入口には戸はなく、道路から各部屋の玄関まで直接行け、「住居」に「侵入」できる構造にはなっていないということです。しかもパトカー3台と警察車輛1台が出動し、制服・私服の警察官十数人が3人を取り囲むという「凶悪犯罪」なみの物々しさだったそうです。
 3人は即日釈放されましたが、その直後に日本国民救援会三多摩総支部を中心に「3人を守る会」の準備会が結成され、「3000万署名 小金井不当連行事件の捜査中止と、市民への謝罪を求める要請書」への署名を呼びかけました。内容は、小金井署の行為は、民主主義の否定そのものであるとして三人の市民に対して捜査を中止し、謝罪するよう求めるものです。ねりま九条の会にも呼びかけがありましたので、賛同署名をいたしました。
 練馬でもこのようなことが起こらないとは限りません。城北合同法律事務所の菊池弁護士は、まず、日本国民救援会に連絡してもらうのが一番早く確実でしょうと、アドバイスをくださいました。
        日本国民救援会  文京区湯島2〜4〜4平和と労働センター・全労連会館 5F   03─5842─5842(24時間営業)

 

「憲法カフェ@江古田」は20名の参加で大成功でした!             土田 謙次

  私たち江古田九条の会では、2月12日に「日本の青空上映会」を実施しました、それは38名の参加があり、成功だったのですが、残念ながら若い人の参加が少なかったです。そこで、若い人に憲法に関心を持ってもらうには、コーヒーを飲みながら気楽に憲法のことが話せる「憲法カフェ」がいいのではと考え、荒川で開催された「憲法カフェ」に参加してみました。その講師が「明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)」の武井由紀子弁護士でした。 武井さんに「若い人を集める方法」を聞いたところ、実際の例として「幼稚園ママさんをターゲットにした例があり、その時は①日時は、平日の午前中がいい。②場所は、おしゃれなカフェやレストランで、おいしいコーヒーと、できればランチもできるといい。③保育スペースを作る。④チラシを作ったら、若い人に見てもらい、おしゃれなチラシやポスターを作る。⑤幼稚園にチラシを置いてもらったり、ポスターを貼ってもらったりする。⑥若者にはfacebookやツイッターなどのSNSを活用する。⑦会員がノルマを決めて必死になって若い人を集める」といったアドバイスをもらいました。

   
  江古田憲法カフェ風景(4がつ19日)  

 そして例会で諮って、江古田九条の会みんなで取り組むことになり、①講師は武井さんにお願いする。②チラシは30代の若い会員に校正してもらう。③目標は30名とし場所はイタリアンレストランの「まほうつかいのでし」とし、「憲法カフェ」の後ランチ会も持つ。店にあったセラピーマットを使って保育スペースも作る。④チラシを2000枚作って、ポスティングと、店や幼稚園に置いてもらう。⑤チラシを拡大コピーしてポスターを作り、会員の家や店や幼稚園に貼ってもらう。⑥さらに幼稚園ママが沢山いそうな平日の午前中に公園に行って、直接チラシを配る。⑦会員のMLを作り、江古田九条の会のfacebookやツイッターを作って宣伝する等々。それらを手分けして、実行していきました。
 正直初めはなかなか予約が入らず、参加は15名程度。しかもターゲットにしていた若いママさんは一人だけでした。しかし当日は、若いママさん3人を中心に、20代の女性や、飛び込み参加も含めて20名が参加。コーヒーを飲みながら、武井弁護士の「紙芝居」も交えた楽しく分かりやすい話で、「憲法のこと、改憲のことが良くわかった」と好評でした。武井さんを囲んでのランチ会も、16人が参加。ランチを食ながら自己紹介や感想、質問や意見など沢山出されました。武井さんがそれに対して一つ一つ丁寧に答えて下さり、とても良かったです。アンケートの感想を見ると「桜台九条の会でも憲法カフェをやりたい」とか、赤ちゃんのいるお母さんからは「チラシのデザイン・内容をもっと柔らかくして、配布先ももっと広くして、いろんな人に伝えていきたいと思う」「子ども向け・土日開催でやってほしい」との要望も。また「キッズスペースがあり、そして保育もしてくださって、うれしかったです!」とのことでした。本当に頑張った甲斐がありました。
 反省点としては、①講師に依頼する時には、最初にこちら側として出せる謝礼の額を提示して、相手に判断してもらった方がいい。(今回は単独会計では赤字になってしまった)②店によってはプロジェクターだけでなく、スクリーンやノートPC、マイクセット等も必要なので、その準備をしっかりすること。③facebook等の運営には慣れていないので注意が必要、等が挙げられました。
                                                       (江古田九条の会 会員)

10000枚配布完了!─大泉学園町九条の会                             

 3000万署名の積み上げをと1万枚のチラシ・用紙・封筒の配布を決めたのは5月9日。1万というと、学園町15000世帯の65%になる。あいさつ文を付けたり、学園町会員の自宅受け取り郵便の手配をしたり、封筒の印刷をしたりの準備を経て、配り始めたのは12日から。
 各町目ごとの担当者を決め、5月中の完全配布を目指した。いざ配るとなっても先ずは配布物のセット。これが意外と時間と手間がかかった。動けば輪が広がる。配布準備では延べ17名以上、配布では延べ15名以上が参加している。
 配布では、早朝からの配布や炎天下での配布、道に迷いながらの配布。家の人に挨拶したり、子供に声を掛けたり、犬に吠えられたり・・・。
ある集合マンションでは、管理員から「チラシはダメと書いてるだろう、何のチラシ?これなら賛成。全部に入れて」。これで一挙に20件済、などということもあった。
 これまでに戻ってきた封筒は45通ほどで、署名は289筆ほど。中には「九条の会にめぐり合って感動」と千数百円の切手が入っていたり、「職場でも集めてきました」と17筆も入っていたりで、予想以上の反応があった。
※これは、大槻さんがメーリングリストで報告されたものを、お断りした上で記載したものです。

    

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